「サイバーテクノ」についての考察
ニンジャスレイヤー本編を読んでいて少し気になったことを掘り下げてみようシリーズ。
「アンダーワールド・レフュージ」中盤のユンコのハッキングシーンで、次のような表現が出てきました。
ユンコは宙に浮かんでいた。見渡す限り真っ白な無限遠の空間に、神聖なるサイバーテクノが鳴り響いていた。自分の体は、あの日カンオケの中で目覚めた時と同じ、最高のオイランドロイド・ボディに、お気に入りのサイバージャケット。 99
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2016年2月26日
この例を引き合いに出すまでもなく、本作では度々「サイバーテクノ」という音楽ジャンルについての描写がなされます。その数、書籍を除いたTwitter連載版だけでこれまでで30回近く(Ninja Slayer(@NJSLYR)/「サイバーテクノ」の検索結果 - Twilog)。音楽の描写が頻繁に出てくるニンジャスレイヤーにおいて、これは特に目立って多いというわけではありませんが、私はこの語そのものが前々から気になっていました。なぜなら…
「サイバーテクノ」というジャンルはない
私は90年代からレコードを買い続けてきたテクノファンで、アマチュアのテクノDJとしても15年以上活動してきたので、ロックバンドのことはよく分からなくても、テクノのことなら多少は分かる。そもそも、始めにニンジャスレイヤーに興味を持ったのも、テクノの描写がちょこちょこ出てくるから、というのが理由のひとつでした。
そのうえで断言してしまうのですが、現実には「サイバーテクノ」と呼ばれる確固たる音楽ジャンルは存在しないんですね。もちろん、音楽のジャンルなんて、なにがしかの権威存在が定義づけを行っているわけではないので、誰かがそう呼べば1曲でも2曲でも即座にそういうカテゴリーとして十分に成立しうるわけですが、ここではあくまで、一定規模で認知されている一般的なカテゴライズとしては…というような意味です。ボンモーの拠点のアメリカ国内ではメジャーである可能性も探ってはみましたが、どうもそのような感じもないんですよね。
はじめに強調しておきたいのは、ニンジャスレイヤーにおけるクラブミュージック、あるいはクラブの描写は基本的には正確なのです。例によってぶっ飛んだ和風SFサイバーパンク要素は交えつつも、細かいところではずばり本質を捉えていて、個人的にはボンド&モーゼズも翻訳チームも、クラブカルチャーについて深い理解とリスペクトがあるのだと感じています。最近共感したのは、例えば「ニンジャ・サルベイション」のこのパート。
壁に向かい、額をつけるようにして動かないフリークや、スピーカーに手をついて前傾しているフリーク、へらへら笑いながらヌメヌメと動いているフリーク。だがカワイイな娘もいる。目を伏せるようにして、満ち足りたような表情で踊っている。綺麗に完結しているその様に尊敬めいた気持ちを抱いた。29
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2015年3月15日
「電子ひきつれ音めいた妙なマッポー・ミニマル・テクノ」かかるマニアックな選曲の店の、人もまばらなフロアの描写として、この表現はなかなか来るものがあります。
また、テクノのジャンルに関して言うと、本編で登場したものではミニマルテクノ、ハードテクノは実際にあります。
竹林に混じって立つ古い電柱から、ノイズ混じりのミニマルテクノと呟き声が聞こえてくる。ハッカー教団の電波を拾ったスピーカーが、虚しいプロパガンダを続けているのだろうか。下栄えに覆われた微かなアスファルトの痕跡、朽ち果てたノボリや自販機が、かつてここが国道だったことを暗示していた。
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2011年4月15日
「素材の良品」「実際安い」「武田信玄」……ネオサイタマと何ら変わらない虚無的な商業メッセージが、アンダー・ガイオンの市民らを容赦なく洗脳している。扇情的なハードテクノが鳴り響き、感情を麻痺させていく。西の工業エリアから排気し切れなかった汚染大気が混じり、喉と肺を容赦なく攻撃する。
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2011年6月11日
そのうえで、「サイバーテクノ」が実在しないのだとしたら、それはどういう音楽を指しているのか、何を表現しようとしているのかが気になるのですね。
本編中で「サイバーテクノ」はどのように描写されているか
ただし、実在するジャンルとして近いものがないわけではありません(後述します)。それに、ジャンルとしての「サイバーテクノ」が認知されていないだけで、実はテクノやその周辺の音楽において「サイバーな」「サイバー系」という形容は、敢えてカテゴライズする必要もないくらいごく一般的なものだったりします。
その具体例を考察する前に、せっかくなのでもう少し、ニンジャスレイヤー本編で「サイバーテクノ」がどのように表現されているかを振り返ってみようと思います。
ズンズンズンズズポーウ!ズンズンズンズンズズポポーウ! ノイズ混じりのサイバーテクノが不快な環境音となって機動隊員を迎え入れる。真っ白な無機質空間。壁も床も天井も、潔癖性めいた白い強化プラスチックで覆われている。「突入……」「気味が悪いな」警戒を怠らず、小隊が進み出る。
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2011年6月3日
トコロザワ・ピラーのリー先生のラボでかかっている音楽もサイバーテクノでしたね。この「ズンズンズンズズポーウ!」はこの種の音楽を文字で表現するときに頻出するフレーズなわけですが、ズンズンは低音域を表すとして、ポーウ!はなんなんだろう…。
ズンズンズンズズキューワキュワーキュキュ!ズンズンズンズズキューワキュワーキュキュ!ハッカードージョー内に、鳩尾を殴られるほどの重低音サイバーテクノが鳴り響く。ゼンめいた神秘的アトモスフィアは無残にも引き裂かれ、雲散霧消していた。 24
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2012年1月16日
特に初期では、「ゼンめいた神秘的アトモスフィア」とは対照的な、 とにかくやかましい音楽として表現されていることが多いようです。
「マーベラス、なんたる無慈悲さ!」いつの間にかフスマが開け放たれ、車椅子に乗ったニンジャ装束の男とクローンヤクザが重役室に入ってきていた。男はオーディオ機器に向かってスリケンを投げ、耳障りなサイバーテクノを止めると、静寂の中でこう言った。「あなた、ソウカイヤクザになりませんか?」
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2010年11月6日
アニメイシヨンでは再現されませんでしたが、ビホルダーがシガキ=サンの前に現れたときにかかっていたのもサイバーテクノでした。重要な話をするにあたり、耳障りな音楽として一撃でミュートされています。
軽薄で性的なサイバーテクノがホール内に流れ始めた「ご紹介しましょう!ネコネコカワイイです!」プレゼンターが叫ぶ。ステージのソデから人間と区別がつかない……いや人間以上に完璧にカワイイな動きをプログラムされた2体のオイランドロイドが、元気いっぱいに駆け込んでくる!万雷の拍手! 32
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2012年2月7日
グランド・オモシロイ船上でのネコネコカワイイの初お披露目のときに流れていたのもサイバーテクノ。ただ、これがネコネコカワイイの持ち歌だったのかは分からなくて、そのすぐあとに出てくるライブのシーンでは、「BPM133のカワイイテクノ」と表現されています。ちなみにBPM(beat per minute=1分間あたりの拍数)133というのは4つ打ちテクノとしてはごく一般的な早さで、ハードテクノとしては少し遅いかなというくらいです。
「普通、貴方が奏でるものでしょう」「私にそのような才能はありません……御座いません故……」シャドウウィーヴは畏まった。「おや、これは……?」ユカノは何か黒い電子機器を見つける。スイッチを捻ると、サイバーテクノが流れ始めた。「レディオも入れておきました」「気が利いていますね」 22
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2012年6月10日
ちょっと変わっていて好きなのが、「トビゲリ・ヴァーサス・アムニジア」でのこのシーン。牢に囚われた神話級ニンジャの世話のマルナゲされてしまったシャドウウィーヴが、ドギマギしながら楽器を差し入れたところ案の定突っ込まれてしまい、せめてもと用意したレディオから流れてきたのがサイバーテクノ。きっ、気まずい!この2人のやりとりはほんとに面白かったなあ。
心安らぐサイバーテクノの重低音と光の洪水が彼女の目と耳に飛び込んでくる。だがその直前で足止めだ。「ツァレーヴナ・ミッドウィンター=サン……」入店して日が浅いのか、小柄なスタッフはUNIX検索画面を見ながら首をひねる。ユンコはいらいらした。電子手錠はきっとシグナルを発してる。 51
— Ninja Slayer (@NJSLYR) 2012年11月4日
しかし、ここまでの騒がしい音楽としての用法が一転したのがこのシーン。「心安らぐサイバーテクノの重低音」ですよ!すごくないですか、これ。ユンコの登場によって、サイバーテクノは明らかにネガティブなものからポジティブなものへと表現が変わりました。冒頭で引用した、最新エピソードでのユンコのハッキングシーンでもそうしたニュアンスで使われていますね。ある人にとって不快なものでも、別のある人にとっては心地よいものになりうる…そういった受容の多様性を端的に表現していると言えると思います。
どういう音楽が「サイバーテクノ」に近い?
さて、こればかりはボンド&モーゼズに直接質問してみるのが手っ取り早いわけですが、インタビュー企画などで彼らや翻訳チームから紹介される音楽はバンドものが多くて、テクノがあんまりないんですよね…。いずれ機会があれば、例えばブロゴ等でも、テクノ系に絞ったディスク紹介などがあるとうれしいのですが。
なので、ここでは私が連想するサイバーテクノについて少しだけ触れておこうと思います。
現実世界のテクノ界隈において「サイバー」という形容はどういうときに使うかというと、これはあくまで主観になってしまいますが、例えば派手めのシンセサウンドがウワモノやベースラインにフィーチャーされているような場合です。具体的にいうと、RolandのJP-8000というシンセサイザーで有名になったSUPER SAWという音色ですね。少しずつデチューンさせたノコギリ波をたくさん重ねて作る分厚いサウンドのことです。
別にSUPER SAWに限るわけではなく、少し遡って同じRolandのシンセα JUNOで定番になったフーバー(hoover)と呼ばれるようなサウンドなんかも…なんとなくこういう系のシンセが使われていると、俗にサイバーっぽいと表現されることが多いように思います。
私の世代からすると、サイバーという概念(というか世界観)は、90年代からのハードコアテクノやレイヴ文化と密接に関わっているイメージがあります。近未来的、ハイテク志向、蛍光感、そういったものですね。その意味では、上で紹介したようなシンセが使われているのがサイバーという説明はおそらく順序があべこべで、そういうパーティーでかかっている音楽に使われているのがこういうシンセ、なのです。
それと、「サイバーゴス」で画像検索して出てくるようなものは、いわゆるレイヴァーファッションと重なるのですが、そのへんの文化的な経緯はどうなんでしょう(ファッションのことはあまりよく分かりません)。
21世紀以降、日本のクラブミュージック界隈において「サイバー」のイメージが一般的に浸透したのは、エイベックスが2001年に企画した「サイバートランス(Cyber Trance)」シリーズの影響が大きいように思います。これは、少し前の98~99年ごろからオランダを中心に流行っていたトランス(ダッチトランスとも)を国内に輸入するときに、おそらくマーケティング的な戦略に基づいて考案されたジャンル名で、個人的にはあんまり好きな呼びかたではありません。もちろん日本国内でしか通じないので、これが何か直接的にボンド&モーゼズに影響を与えたかというと疑問が残ります。
ただ、ユンコのシーンでサイバーテクノが肯定的に表現されている時って、私のなかではこのサイバートランスに相当する往年のトランスアンセムのイメージがぴったりなんですよね。明るくも壮大な曲調で、激しく体温が上がってしまう感じ。Gouryellaのヒット曲"Ligaya"なんかは、PVのイメージもユンコに合うなあと思います。
この手のトランス(細かいことをいうと「トランス」自体はダッチトランス登場以前からあるもっと広い概念です)は今ではすっかり下火になってしまったので、BPM120~140くらいの4つ打ちという狭義のテクノに限らないのであれば、近年でサイバー系と形容されがちなのは、むしろドラムンベース界隈のほうが多いような気がします。
私が去年の7月に「ユンコをイメージしたDJミックス」として公開したのはこっちのほうのニュアンスで、前半にサイバー系のドラムンベースをいくつか入れています。このミックスの詳しい曲紹介は、いずれこのブログでもやってみたいと思っています。
『JUNK-O-MIX(ユンコミックス)』 | 鏡像フーガ:創作同人漫画サークル
というわけで、特に資料を参照しない主観に頼った簡単な考察になってしまいましたが、テクノにご興味のあるニンジャヘッズの何かのご参考になれば。いつかは、テクノやクラブミュージックに特化したバージョンの「ギターサンダーボルト」みたいな公式の忍殺クラブイベントもあるといいなあ…。